( Forest of Steel / 05200120 )
人の手を離れた廃ビルの集落。
好景気の追い風に煽られ、自身を制御できなくなった愚者達の成れの果てである。
にも拘らず、蒼白い月明かりに照らされたそれらの強烈な存在感は、幾年月を超えて尚、“風化”の二文字を理解できない。
その幻想的且つ神々しい佇まいはさながら、深森と茂る樹々のよう。
何者も寄り付かず、何者にも侵されず、何者にも理解できない人外境。
その意味で捉えるなら、先の比喩はあながち真実と言えなくもなかった。
結論、人間にとっては樹木も鉄骨も大差はない、とそういう事だ。
そんな隙間無く建てられた鉄の樹々の最中、奇跡的なまでに広々とした四角い空地が存在した。
上空から見れば、そこだけが切り取られたかのように何もない場所。
人造の秘境にあって数少ない、原型を留めるオアシスだった。
そこに在る二つの人影。
一方はその右手に三尺五寸を越える諸刃の長太刀を携え、もう一方はその全身に無数の刀痕と多量の鮮血を纏っている。
言うまでもない。
前者が“狩手”、後者が“獲物”である。
「……こいつも“ハズレ”か」
狩手の言葉は失望と無聊 を含むそれだ。
それも当然。そも、この狩手は『狩り』それ自体を目的としていない。
単純に結果だけを見ればそれが『狩り』と呼ばれるものであっただけで、狩手自身が望んでいるものは対等な狩り合いであり、駆り合いであり、刈り合いだ。
こんな一方的な何の高揚も得られない翔 、それこそ詰め碁にすら劣る児戯。狩手にとっては、刀汚し以外の何物にも成り得ない。
「…………ちッ」
――ぞぶ――
舌打ちと共に、狩手が獲物にその大刀を突き刺した。
刺撃には、明確な静寂な震怒が宿っていた。
――ぞぶ――
尚も狩手は血肉を貫く。
対して獲物は苦悶の一つも漏らさない。
力なくだらりと垂れ下がった赤い首は、さながら糸の切れた操り人形を思わせる。
――ぞぶ。ぞぶ――
刺される度に獲物の肉体がびくり、びくり、と反応する。
その所以はしかし、単に狩手の刺撃による物理的衝撃の余波であり、そこに獲物自身の神経組織が介入する余地は皆無である。
獲物は“痛覚”を欠失していた。
――ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ――
獲物は“視覚”を欠失していた。
獲物は“聴覚”を欠失していた。
獲物は“嗅覚”を欠失していた。
獲物は“味覚”を欠失していた。
獲物は“触覚”を欠失していた。
そこに問うに値する大仰な理由など存在しない。
酷く簡潔で単純な話。
獲物は“生命”を欠失していた。
――ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ――
だから狩手の行為は獲物に何の影響も及ぼさない。及ぼせない。
例えるなら、“死”とは即ち完成し、完結したパズルである。
其処に新たなピースが求めるべき求められるべき場所は無く、ならば狩手の行為 は真実の意味合いで『破壊』のそれに他ならない。
死という最底すらを崩落させる死神の刃。
故に狩手は、畏怖を以って皮肉を篭めてこう呼ばれる。
――ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ。ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞ、ぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞ、ぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞ、ぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞ、ぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ、ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ――
【多重閉塞】。
『終わり』そして『終わり』更に『終わり』それでも『終わり』。
決して『終わる』事のない『終わり』の連鎖が、下方に向けてどこまでも限り無く堆積する。そんな極刑にも勝る拷問の担い手――【多重閉塞】、とそう呼ばれている。
もっとも、狩手本人が自らに充てられたその呼称を露も知りはしないというのは、確かに皮肉以外の何物でもない話だが。
「断絶 」
刺突の豪雨がぴた、と止む。
瞬間、狩手が右手から左手に刀を持ち替え、それをそのまま流れるように横に薙ぎ、
疾ッ――――ごとり
それだけの呆気無い音を響かせ、獲物の頭は胴より分離して地面に冷たく転がった。
後には静謐。
前にも静謐。
総じて静謐。
耳が痛むほどの、静かな、闇。
穢れに塗れた長刀が、夜に舐られ妖しく光る。
刃の先端から零れる朱液は、見様によってはそれが垂らし落とす唾液のように映らなくもない。ならばそこから読み取れるそれの主張は、ただただ一つに限るのみだろう。
“喰い足りない”、と。
「……っ……ぅはあぁ………………眠い……」
眼に涙を溜めながら斬り落とした獲物の首をひょいと拾い上げると、狩手はそのまま何事も無かったかのようにすたすたとその場から立ち去った。
森は変わらず静かに眠る。
後に残った首の無い骸は、二度と眺めることの叶わない満月を、ただ一身に仰ぎ続けるばかりだった。